2009年5月14日木曜日

「WEB幽 読者投稿怪談(テーマ:「実話系2」)」応募作品

2009/5/12応募
文字数(スペースを含める):1,150字

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   ぼたり

 カブト虫、いるだろう。あれ僕苦手でね。嫌いなわけじゃないんだけどちょっとトラウマがあるんだ。
 まあ大体の子供に漏れず僕もカブトとかクワガタが好きだった。ミヤマクワガタ捕まえたなんて言ったら友達の内じゃちょっとしたヒーローだった。実際それがミヤマクワガタだったかは怪しいけれど。隣町のA君は○センチのオオクワガタをどこそこで見つけた、ってのもあったな。さすがにあれは子供同士の可愛らしい嘘の一つだったんだろうね。田舎だったから近所に雑木林もいくつかあって、そこででかい幼虫や成虫をとってきては家のプラスチックのケースで飼っていた。
 いつだったか、僕が小学生の夏、学校から帰ってくると、弟が庭先においたプラスチックのケースをしゃがみ込んで見ているのを見つけた。このことはちょっと僕を驚かせた。弟は大の虫嫌いだからね。チョウチョはかろうじて大丈夫だったが、昆虫系はまずだめ、芋虫なんかはそれがいる場所には決して近づこうとしなかったからだ。当然、僕のケースにも近づこうとはしなかった。虫が多く出始めると庭の植物につく虫を嫌って弟は玄関口しか使わなくなるのが常で、そもそも夏の庭にいること事態が不自然だった。
 僕は、まさしく珍しい虫を見つけたかのように、数件隣の住宅の陰からその様子を息を殺して見守っていた。不安さすら感じていた。その不安さはすぐに正しかったのだと分かったが。
 弟が庭先に置いてあるケースの上部をあけて、左手でまるまる太って丸まったカブトの幼虫を土の中から一つ取り出して、右のてのひらにのせた。その幼虫をしばらく眺めたかと思うと、突然、その手をぎゅっと握ったのだ!
 それは、カブトの幼虫の白い内容物が握った手の指の間から垂れる様は、昆虫が好きな僕にさえ、いや好きだったからかもしれないが、強烈な生理的嫌悪を感じさせた。顔が引きつった。弟は手を握ったまますぐに家に入っていった。僕は家に帰るのが嫌でランドセルを持ったまま遊びにいった。帰って親に怒られた。
 そのことは、触れてはいけないことのように思えて、いや訊く勇気がなくて、ずっと黙っていた。居心地が悪かった。ケースの虫は友達に全部くれてやった。そして雑多な記憶に埋もれていった。
 このことを、弟が子供を連れて正月に帰省したときに尋ねたことがあった。ちょうど甥がその頃の弟とそっくりだったから思い出したんだろう。弟はそんなことはしらない、という。芋虫を素手で触るくらいなら舌かみ切って死ぬよと笑っていた。それ以上は想像もしたくないと。その反応はいかにも弟らしかった。
 やはりあれは僕の見間違い、もしくは記憶と取り違えた夢の類いなのだろうと思うけれど、その度に思い出す、握った手から白い液がぼたりと垂れる様はやけに鮮明で、僕は顔が少し引きつる。

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怪談じゃないなあと送ってから気づいた。
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成果:とくになし読者投稿怪談に掲載されました(2009/5/18)
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2009年5月1日金曜日

「第6回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その3

2008/6/18応募
文字数(スペースを含める):643字

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   独りで

 修学旅行で泊まった旅館に白い着物を着た男の子がいた。僕と同じくらいに見えた。栗色の短い髪に、裸足で、旅館のなかを落ち着きなく歩き回っていた。廊下でよくすれ違った。首をきょろきょろ動かし、何か探してるようだった。合同の夕食のときもみんなが座っている中を歩き回って、一人一人の顔を覗くようにしていた。

 二日目の夜、男の子はロビーの隅で体育座りをしていた。俯いて、元気がなさそうだった。
「永山君が独りでいるよ」と僕は男の子に向かって小さく声をかけた。永山君は昼の間に体調を崩したらしく、外から帰ってきてから医務室で休んでいた。
 僕の声に反応して男の子は、ぱっと顔を上げた。目を大きく開いて、驚いているように見えた。それからゆっくりと立ち上がり廊下をかけていった。医務室の方向だった。

 修学旅行最終日の朝、旅館の人たちが玄関先まで見送ってくれた。その一番右端に、男の子と永山君が立っていた。永山君は男の子と同じ白い着物を着ていた。右腕で顔をこすり泣いているように見えた。
 男の子は永山君のことを心配しているようで、隣にたって様子を窺いながら背中をさすっていた。ときどき、耳元で何か囁いていた。
 集団の中から僕のことを見つけると、男の子は笑って、何度も大きく手を振った。
 ありがとう、と口が動いていたように見えた。僕もそちらに手を振って応えた。

「全員ちゃんといるなー。じゃあ行くぞー」
 点呼を終えた先生が叫んだ。クラスごとに男女二列になって歩き出す。
 永山君はクラス委員なので先頭を歩いている。

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成果:とくになし

「第6回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その2

2008/6/18応募
文字数(スペースを含める):711字

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   朱墨

 祖父は骨董に凝っていて、特に気に入っていたのが一本の古い朱墨だった。
 僕を胡座の上に載せては、奇麗だろう、と良く自慢した。しわくちゃの手で墨の全面を見せるようにくるくると回して見せるのだけど、あまり奇麗には見えなかった。別に装飾があるわけでもなく、細かなヒビは何本も入り、肝心の朱色もだいぶ色褪せて言われなければ気づかないように思えた。
 だけど僕は祖父が喜ぶように、きれい、と答えた。すると、そうかそうかと僕の頭を撫でて喜んだ。

 そんな祖父の様子がある時期を境に変わる。元気だった祖父が急に惚けたようになってしまった。祖父の言葉を借りれば「朱墨の色が退いた」ためのようだった。
 周りにはその言葉の意味が分からなかった。誰の目にも、別に色が退いた様には見えなかったからだ。そのことを祖父に言っても、いや色が退いてしまった、と言って聞かなかった。そして、俺はもう駄目だ、朱墨に嫌われた、逃げられてしまった、と妙なことを口走るようになった
 ほら、もう色が退いてしまったろう、と床に伏せた祖父は僕に朱墨を見せる。骨と皮ばかりだがやけに力の強かった祖父の面影はもはやない。やはりくるくると墨を回してみせるのだけど、以前ほどの軽快さはなく、止まりかけたオルゴールのようだ。
 それは以前と全く同じ様に見えた。僕が返事に困っていると、お前は優しい子だから言いたくないのだろう、やはり色が退いてしまったんだ、と祖父は寂しそうに微笑み、僕の頭を撫でた。
 それからしばらくして祖父は亡くなった。臨終の際に、これはお前にやる、と言われた。小さな桐の箱だった。手に取り開けてみると、夕陽を閉じ込めたような鮮やかな朱墨があった。奇麗だな、と思った。

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成果:とくになし

「第6回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その1

2008/6/18応募
文字数(スペースを含める):726字

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   メトロノーム

 Mさんが高校生の頃の話だ。
 その日は、部活で遅くなったのだが、教室に忘れ物をしたことに気がついた。数学の問題集だ。明日は忌々しい夏野の授業がある。問題をやっていないとねちねち嫌みを言うのだ。もう校舎を出ようかというところだったが、仕方なく教室に取りに戻ることにした。
 二階には職員室があるから明るいが、三階、そして教室のある四階は真っ暗なので、パチパチと蛍光灯のスイッチを押しながら進む。教室に着くと明かりをつけ、まっすぐ自分の席までいく。問題集はすぐに見つかった。手早く鞄にしまうと明かりを消して廊下に出た。 喉が乾いたので水道で水を飲んでいると、廊下の奥の方で教室のドアが開く音がした。蛇口から顔を上げ、そちらを見る。
 遠くなのでよく見えないが、誰かこちらを見ているようだ。黒っぽい上半身が教室から斜めに生えるように出ていて、こちらを向いている。すぐに顔を引っ込め、ドアが閉まった。そしてドアが開き同じ事を繰り返した。
 最初は部活で残っていた友人がからかっているのかと思った。規則的な横の動きがメトロノームを連想しておかしかったからだ。

 しかし、妙なことに気づく。
 出てくる教室が近づいているのだ。ドアは間をおかず開閉しているので移動しているようには思えない。Mさんはぞわぞわとしたものを背中に感じた。
 がらがら、がらがら。徐々に近寄るドアの音。Mさんはすっかり固まってしまって動けない。がらがら。黒っぽい上半身は学ランのように見えた。
 がらがら。とうとう隣の教室まできた。見覚えのない生白いイガグリ頭がこちらをじっと見ていた。
 わあああ、とMさんは悲鳴を上げながら無我夢中で逃げだした。我に返ると肩で息をしながら職員室でへたり込んでいたという。

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成果:とくになし

「第5回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その5

2007/6/11応募
文字数(スペースを含める):470字

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   カーテン

 ものぐさな友人は、自分の部屋のカーテンを開けない。仕事が忙しく、家には寝に帰るだけの生活なのでカーテンを開ける暇がないからだ、と彼は嘯く。
「だけどそれだけじゃないんだ」
 吸っていた煙草を灰皿で揉み消し、言った。

 俺は、どんなに部屋が汚れても大して気にしない質なのは、お前も知ってるだろ。それに独り身だからさらに部屋が汚い。一度、ゴミからキノコが生えてるのを見たときは思わず笑っちまったよ。
 そんな俺だが、何をトチ狂ったか、大掃除をしてみようと思ったことがあったんだ。部屋が汚いからというより、そういうものに興味があったんだな。だからその時、何年ぶりかにカーテンを開けたんだ。
 するとな、声がしたんだよ。若い女性の声だ。
「勝手に開けないでよ」ってね。
 そして目の前でカーテンがサーっと閉まっていった。俺は掃除を止めてしまった。

 別にな、幽霊とかそういうのが怖いという訳じゃない。しかし「彼女」がそこまで言うんだ、カーテンを開けるのは野暮だと思わないか。だから俺はそれ以来、カーテンを開けてないんだ。お前はどう思う。

 そう言って友人は笑った。

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成果:とくになし

「第5回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その4

2007/6/11応募
文字数(スペースを含める):587字

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   小人

 小人? ええ、見たことありますよ。自分の部屋で。だけどこういう話するとほら、ちょっと危ない人っていうんですか?
 そういう扱い受けちゃうんで出来れば内緒にしておいて下さいね。
 あれは確か小学校の頃ですね。ランドセルしょってましたし。学校から帰ってきて自分の部屋のドアを勢い良く開けたんです。これは昔からの癖なんですけど、ドアを勢い良く開けてしまうんです、私。最近は注意するようなったので、そうでもないんですけど。
 すると部屋の中央らへんに集まっていた小人さんたちが、一斉に散るようにしていなくなりました。大きさは拳ふたつ分くらいで、漫画みたい、とそのとき思いました。声は覚えてないんですけど、「わー」とか「きゃー」ってかんじで(笑)。しかもその時、
「私の部屋で何してるんだ!」って怒鳴ったんですよ。一階にいた母が驚いて上に見に来たくらいですから、かなり大きな声だったと思います。ドアをいきなり開けられて驚いただけでなく、怒鳴りつけられたんですからね。小人さんたちの驚きもすごかったでしょうね。
 で、翌日起きると机の上に汚い字で「ごめんなさい」と書かれた紙が置いてありました。私、随分と悪いことしちゃったな、と思ったんですけど、小人を見たのはその日きりで結局謝ることは出来ませんでした。

 ただ、自分の部屋に置いといたお菓子がちょくちょく減るのは、その日から許すことにしました。

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成果:『てのひら怪談 百怪繚乱篇』(2008/6/20発行)と『てのひら怪談 己丑』(2009/6/5発行)に収録されました。
「私のベスト5」でコメントあり。

「第5回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その3

2007/6/11応募
文字数(スペースを含める):614字

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   頭痛の種

 友人の話である。
 彼女が食器を洗っているとき、突然鋭い痛みがこめかみに走った。何も考えられなくなる様な異様な痛み。そのせいで食器を三枚も割っちゃったのよ、と彼女は話した。
 それから彼女は度々、その痛みに襲われるようになった。食事の最中、買い物の帰り道、浴槽に浸かっているとき。
 夫に相談しても、
「甘いものでも食べ過ぎたんじゃないのか」と笑って取り合ってくれなかった。

 最初の痛みに襲われてから一週間後、彼女はある夢を見た。それは黒髪でおかっぱの、朱色の和服を着た少女の夢である。その少女がどこからか小走りでやってきて、小さくしゃがみ込む。そして指で何かをつまみ上げると、袂にそれを仕舞い、またトコトコどこかへ行ってしまう。それが三日ほど続いた。
 霊感というものを信じる訳ではないが、こう続くのには理由があるのだろう、彼女はそう考えた。そして自分の周りに、夢の中の少女が持って行った、種のようなものがないか探したのだと言う。するとそば殻の枕の中に、見慣れぬ黒い種のようなものがあった。それを枕から抜き取ると頭痛が起こることはなくなったという。

「で、その種はどうしたの?」私は聞いた。
「うちにあるわよ。だけど夫に馬鹿にされたのが悔しくて、夫の枕に入れてやったの。朝になると、夫が目を真っ赤に腫らしながら、『頭が痛くて眠れなかった』って言ってきたわ」彼女はふふんと笑った。
「大事な奥さんを無下に扱ったんだから、これくらい、当然よね」

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成果:「私のベスト5」でコメントあり。

「第5回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その2

2007/6/11応募
文字数(スペースを含める):623字

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   眉間のしわ

 彼女は要領が良かった。それ故、与えられた仕事を、必要以上の早さと完成度で仕上げていた。そのために仕事は増え、その全てを同じようにこなしていたら、自分が望む以上の地位と眉間のしわを手に入れた。
 仕事をこなす度、部下の数も増えていった。部下ができないものは自分がやったし、部下の誰よりも働いた。かつての上司は部下になり、彼女のしわは深くなった。
 化粧のために鏡を覗き込むと、そこには眉間にしわを持った女がいた。彼女のしわは化粧のときにも残るようになった。そんな女を毎日見なければならないということが、彼女のしわをより深くした。彼女は鏡を見ることが、段々疎ましくなってきた。しかしそれでも、彼女は化粧のために鏡を見続けた。
 ある日、いつも通り化粧をするために覗き込んだ鏡の異変に気が付いた。鏡の中の自分の口の端が上がって、わずかに笑っているように見える。おかしい。彼女は両手を顔に持っていって自分の顔の起伏を確認した。触った感じでは、とても自分が笑っているようには思えない。
 鏡の中の自分は更に笑って、歯を見せている。そんな馬鹿な。彼女は化粧よりも丁寧な手つきで顔に触れる。しかしやはり、いつものままである。
 そして鏡の中の彼女は、人差し指を目の下にやり舌を出した。あっかんべーだ。
 これにはさすがに驚いて、彼女は声を上げて軽くのけ反ってしまった。鏡のなかの彼女は楽しそうに笑った。それを見た彼女も笑った。
 眉間のしわは、もうなかった。

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成果:とくになし

「第5回ビーケーワン怪談大賞」応募作品 その1

2007/6/11応募
文字数(スペースを含める):492字

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   風呂の底

 知人の息子に聞いた話である。ただ、その話を人にすることを彼の母親、つまり僕の知人はとても嫌がった。だから内緒だよ、と知人の息子、広太は僕にそっと釘を刺した。

 広太は風呂掃除が好きである。いや正確に言うなら、チェーンを引っぱって栓を抜き、風呂の底から水が抜けて行くのを見るのが好きなのだ。特に水が少なくなってから、渦を作るようにして水が抜けて行くのを見ると、思わず「がんばれ、がんばれ」と応援したくなるのだそうだ。

 その日も広太は同じようにチェーンを引っぱり、水が抜けて行くのをじっと眺めていた。ごぽごぽごぽと音を立てて、最後の水も抜けて行った。
 ところが、穴の付近にゴミが残っていたのだと言う。せっかく穴の近くまでいったのに、と広太は何だか残念な気持ちになった。そしてゴミを取るために浴槽に腕を入れてゴミを取ろうとした。

 すると、穴から指がすーっと出てきた。その指が、指の腹を使ってゴミを綺麗に拭い取ると、またゆっくりと穴に戻って行った。その動きはクリームをすくい取るような優しい動きだったという。

「あなたも見えるの」興奮して報告する広太に対して、母親はただ、そう言ったそうである。

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成果:とくになし

©HANABUSA Ikkei