2009年10月5日月曜日

「WEB幽 読者投稿怪談(テーマ:「紙」)」未応募作品

2009/10/5完成
文字数(スペースを含める):1,074字

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   しめん

 桐の棺桶がある。覗き込むと、老人が収まっている。真白い死に装束に、頭には三角のあれ。そして菊や百合の花々が空いた空間を緩衝剤のようにみっしりと埋めている。
 顔は、どこかで見たことがあるような、ないような。どうもはっきりとしない。というか、浅黒い、白髪のそれが、はたして男性なのか女性なのかも、わたしには、ちょっと自信がない。ただ、どこか笑顔で。この顔を見た者は皆、悲しみを内に仕舞い、優しく微笑んで送るだろう。この笑顔は感染する。
 その私の横に、大きな人。見上げる。逆光の中みたいに、シルエットしかわからない。ただ、男だと思った。それが頭部の横あたりにしゃがみ込んで、棺桶の顔に、厚手の、濡れた白い紙を、顎の方から、そっとかけていく。四角いそれの両端を、親指と人差し指とでそれぞれつまんでいるさまは、これからマジックでも始めるよう。じらすように、あるいは集中しているのか、ゆっくり、ゆっくりと。
 かけ終えた男は、右腕をまたゆっくりと空に掲げる。嬉しいのか。わたしがその行動の意味を考えあぐねていると、
 がん。
 掲げた右腕を、真っ直ぐ棺桶の、横たわる老人の、白いものがかけられた顔面に振り下ろした。
 ひ、とわたしは小さく悲鳴をあげる。

 がんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。

 握った拳をハンマーをたたきつけるように振り下ろす、振り下ろす。機械的に繰り返されるその動きの、そのまた怖いこと。混乱して私は泣いてしまう。
 やめて、顔が、顔が。その男に抱きつき、体ごとで止めようとする。そこで初めて、どうやら自分が小さい子供になっているらしいのだと気づく。かけられた白い紙の下からわずかに漏れ聞こえる、いたい、いたい、いたい、いたい、の低い声の、そのまた恐ろしいこと。
 泣いても喚いても男は動きを止めない。止めるそぶりも、気にするそぶりも、ない。淡々と、無慈悲に作業を繰り返す。
 やがて、動きは止まった。男は、最初と同じように、今度は額の方から、両端を人差し指と親指で剥がすようにつまみ上る。真っ白だった紙は全体が赤や茶でまだらに染まり、顔の形にそった湾曲とわずかな凹凸に、丸い目玉と一文字の口の、三つの穴が空いていた。
 あの紙の面ということらしい。

 これは、父がどこぞで趣味の悪いお面を買ってきた日の夜に見た夢だ。翌朝、新聞を眺めながらパンをかじる父にそれとなくお面の素性を聞いてみると、父はとうとう自分の骨董趣味に娘が興味を持ったのかと喜び、長々と蘊蓄を話し始めそうな気配だったので、やっぱいいやと断って、そのまま学校に行った。

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9月のテーマ:「紙」に送ろうとしてたら間に合わず、月をまたいでテーマが変わってしまったので未応募。
応募はこちらから→「WEB幽 読者投稿怪談」

成果:とくになし

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