2007/6/11応募
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風呂の底
知人の息子に聞いた話である。ただ、その話を人にすることを彼の母親、つまり僕の知人はとても嫌がった。だから内緒だよ、と知人の息子、広太は僕にそっと釘を刺した。
広太は風呂掃除が好きである。いや正確に言うなら、チェーンを引っぱって栓を抜き、風呂の底から水が抜けて行くのを見るのが好きなのだ。特に水が少なくなってから、渦を作るようにして水が抜けて行くのを見ると、思わず「がんばれ、がんばれ」と応援したくなるのだそうだ。
その日も広太は同じようにチェーンを引っぱり、水が抜けて行くのをじっと眺めていた。ごぽごぽごぽと音を立てて、最後の水も抜けて行った。
ところが、穴の付近にゴミが残っていたのだと言う。せっかく穴の近くまでいったのに、と広太は何だか残念な気持ちになった。そしてゴミを取るために浴槽に腕を入れてゴミを取ろうとした。
すると、穴から指がすーっと出てきた。その指が、指の腹を使ってゴミを綺麗に拭い取ると、またゆっくりと穴に戻って行った。その動きはクリームをすくい取るような優しい動きだったという。
「あなたも見えるの」興奮して報告する広太に対して、母親はただ、そう言ったそうである。
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