2009/5/12応募
文字数(スペースを含める):1,150字
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ぼたり
カブト虫、いるだろう。あれ僕苦手でね。嫌いなわけじゃないんだけどちょっとトラウマがあるんだ。
まあ大体の子供に漏れず僕もカブトとかクワガタが好きだった。ミヤマクワガタ捕まえたなんて言ったら友達の内じゃちょっとしたヒーローだった。実際それがミヤマクワガタだったかは怪しいけれど。隣町のA君は○センチのオオクワガタをどこそこで見つけた、ってのもあったな。さすがにあれは子供同士の可愛らしい嘘の一つだったんだろうね。田舎だったから近所に雑木林もいくつかあって、そこででかい幼虫や成虫をとってきては家のプラスチックのケースで飼っていた。
いつだったか、僕が小学生の夏、学校から帰ってくると、弟が庭先においたプラスチックのケースをしゃがみ込んで見ているのを見つけた。このことはちょっと僕を驚かせた。弟は大の虫嫌いだからね。チョウチョはかろうじて大丈夫だったが、昆虫系はまずだめ、芋虫なんかはそれがいる場所には決して近づこうとしなかったからだ。当然、僕のケースにも近づこうとはしなかった。虫が多く出始めると庭の植物につく虫を嫌って弟は玄関口しか使わなくなるのが常で、そもそも夏の庭にいること事態が不自然だった。
僕は、まさしく珍しい虫を見つけたかのように、数件隣の住宅の陰からその様子を息を殺して見守っていた。不安さすら感じていた。その不安さはすぐに正しかったのだと分かったが。
弟が庭先に置いてあるケースの上部をあけて、左手でまるまる太って丸まったカブトの幼虫を土の中から一つ取り出して、右のてのひらにのせた。その幼虫をしばらく眺めたかと思うと、突然、その手をぎゅっと握ったのだ!
それは、カブトの幼虫の白い内容物が握った手の指の間から垂れる様は、昆虫が好きな僕にさえ、いや好きだったからかもしれないが、強烈な生理的嫌悪を感じさせた。顔が引きつった。弟は手を握ったまますぐに家に入っていった。僕は家に帰るのが嫌でランドセルを持ったまま遊びにいった。帰って親に怒られた。
そのことは、触れてはいけないことのように思えて、いや訊く勇気がなくて、ずっと黙っていた。居心地が悪かった。ケースの虫は友達に全部くれてやった。そして雑多な記憶に埋もれていった。
このことを、弟が子供を連れて正月に帰省したときに尋ねたことがあった。ちょうど甥がその頃の弟とそっくりだったから思い出したんだろう。弟はそんなことはしらない、という。芋虫を素手で触るくらいなら舌かみ切って死ぬよと笑っていた。それ以上は想像もしたくないと。その反応はいかにも弟らしかった。
やはりあれは僕の見間違い、もしくは記憶と取り違えた夢の類いなのだろうと思うけれど、その度に思い出す、握った手から白い液がぼたりと垂れる様はやけに鮮明で、僕は顔が少し引きつる。
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